「旱に雨」番外編


「貝沼さん、それなに?」
 仕事から帰ってきた貝沼さんは、テーブルの上に鞄を置くと、持っていたレジ袋の中からお菓子の袋を取り出した。袋には、赤色や黄色や白色などの、色とりどりのお菓子がたくさん詰め込まれていた。
「これはひなあられだよ。昂佑、食べたことない?」
 首を左右に振る。その名前は知っていたが、実際に見たのは初めてだった。
「今日はひなまつりだからね。昂佑と食べようと思って買ってきた」
「ひなまつり……」
 機能不全家族だった俺の家では、イベント事なんて当たり前のように無視されていたので、全く記憶していなかった。正月だけは両親の実家に顔を出していたので覚えていたが、その他はよく覚えていない。クリスマスでさえ貝沼さんが教えてくれなければ、よく知らないまま通り過ぎていただろう。
「いろんな種類を買ってきたから、今夜はこれを食べような。ちらしずしも用意してあるし、それにほら」
 貝沼さんはレジ袋の底から厚紙を取り出した。
「スーパーで、ペーパークラフトのひな人形も貰ってきた」
 いたずらっこのように笑う貝沼さんにつられて、笑みが零れる。三十路手前の男性とは思えないおちゃめな面を、たまにこの人は俺に見せてくれる。そんなところが少しだけ、かわいい、なんて思ってしまったりするのだ。
「貝沼さん、張り切りすぎ。ひなまつりって女の子のお祝いだって聞いたことあるよ。女の子いないのに、そんなに張り切ってどうするの?」
「だって、昂佑と楽しみたかったんだよ。昂佑はこういうの、好きじゃない?」
「そ、そんなことないけど……」
「じゃあ、いいでしょ?」
 にこりと笑う貝沼さんに、小さく頷く。彼の大きな手に頭の優しく撫でられて、その心地良さにまるで猫のように擦り寄ってしまう。
 貝沼さんは、俺の家庭事情を気にしてか、イベント事にはとても力を入れてくれる。節分のときに大豆を大量に買ってきたのも記憶に新しい。しかも彼はそれを、全く恩着せがましくしないのだ。昂佑と楽しみたいから、とさりげなく誘ってくれる。そんな彼の優しさに、俺はどうしようもなく癒され、惹かれてしまう。
「貝沼さん、ありがとう」
 そう言うと貝沼さんは、にっこりと微笑んで言った。
「好きな子に良くしてあげたいと思うのは、当然のことだろう?」
 彼の下心がちらりと見えたのは、気のせいということにしておこう。