圭吾誕2013


「圭吾くん、誕生日おめでとう!」
 朝教室に入ると、長谷川が満面の笑みでそう出迎えてくれた。
「ああ、おはよう長谷川。ありがとう」
 にっこりと笑ってそう返事をする。誕生日を他人にひけらかして祝ってもらうことはあまり好まないが、祝ってもらうのに嫌な気持ちはしない。純粋に嬉しいと思う。
「よく今日だって知ってたね」
「海斗くんが教えてくれたんだよ。そういえば十八日誕生日だったよなーって」
「ああ……」
 そういえば前に誕生日はいつだなんて話をしたことがあったかもしれない。だがそれはもう随分前のことで、俺はもう阿部の誕生日がいつだったか覚えていない。こんなくだらないことを覚えていられる阿部の記憶力に関心しながら、俺は机と机の間を擦り抜け、自分の座席に向かった。
「ねえ、圭吾くん」
 その後ろを長谷川がついてくる。
「誕生日といったらプレゼントだね。圭吾くんはなにか欲しいものがある? 誕生日だって昨日知ったから、準備できなかったんだ」
「あー、欲しいもの? 特にないな……」
 考えてみるも、ぱっと思い浮かぶものがない。物欲がないとよく言われるが、こういうときにそれを実感する。たとえば海斗なら、こういうときに、あれが欲しいこれが欲しいと、いろんなものが浮かんでくるのだろう。
「そっか……。じゃあとりあえず、島でいい?」
 は?
「今、なんて……?」
「だから、島」
「島って、あの海に浮かんでる?」
「それ以外にあったっけ?」
 さあっと血の気が引いた。
「ばか! 島とか、そんなのいらねぇよ!」
「ええっ」
 目を丸くしている長谷川の額を、げんこつで軽く小突く。長谷川は反射的にぎゅっと目を閉じると「痛い」と小さな声で言った。
「それじゃあ、マンションでも買う? 前にひとり暮らしに憧れてるって言ってたでしょ」
「それもいらない!」
「じゃあなにが欲しいの……」
 とうとう長谷川はしゃがみ込んでしまった。膝を抱きしめるようにして、丸まっている。本当に、金持ちの考えることはわからない。
 鞄を机に置いて、長谷川の前にそっとしゃがみこんだ。ふわふわと栗色の髪をそっと撫でると、首をゆるゆると振る。そのしぐさがなんだかかわいくて、何度も何度も撫でた。
「……欲しいもの、今決めたよ」
「……なに?」
「長谷川の時間。またデートしてよ。長谷川の好きなところでいいからさ」
 そう言うと、長谷川はがばっと勢いよく立ち、俺の手を引いて立ち上がらせた。
「伊織くん、今日のノートよろしく!」
「ああ、わかった」
「えっ」
「圭吾くん行こう」
 長谷川は机の上に置かれた俺の鞄を掴むと、ずんずんと俺を引っ張って教室を出た。途中、自分の席にまわって鞄を取ることも忘れずに。
「おい、行くって、どこに?」
「デート!」
 そう答える長谷川の声は明るく、さっきまでの落ち込んだ空気は一切感じられなかった。
「おい、学校は」
「一日くらい大丈夫!」
 そう叫ぶと、長谷川は俺の手を握りしめたまま、猛スピードで階段を駆け下りた。俺もそれに続いて、昇降口まで走る。
 なにが大丈夫なんだかわからないけれど、長谷川の指が絡まって、それがとても照れくさくて嬉しかったから、まあいいか、なんて思ってしまった。

2013.10.18